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働きすぎ教員  心臓病になる

働き方改革は、どの程度進んでいるのだろうか。

依然、長時間労働である。
健康を害されている方がいらっしゃるかもしれない。
自分と同じような病気を発症されて不安に思っている方がいらっしゃるかもしれない。

そんな方々のお役に立つのであればと思い、記事にしてみた。

不整脈が出るようになったのである。

数年して、今度は心房細動との診断が下りてしまった。
病名は「長期持続性心房細動」という。

働きすぎ

引き金となったのは、働きすぎだ。

朝の7時には出勤し、夜の9時ごろに退勤していくという日々だった。
夕飯を終えると時計は11時を回っていて、その際に晩酌をやっていた。

土日のどちらかも「出勤」。
普段と変わらず夕方まで仕事をして家に帰ると、また一杯やってしまう。
気持ちよく酔うことでやすらぎを見出していたのかもしれない。
それが間違いのもとだった。

心房細動になる危険因子は3つあるという。
「加齢」、「高血圧、心臓病」、飲酒の3つだ。    参考:心房細動 症状 – Google 検索

医師から言われてしまった。

いつ「心不全」を起こしてもおかしくない状態です。

血栓ができやすくなっています。
「脳梗塞」を起し、半身不随になる人もいます。

血栓というのは、血の塊のことで、
それらが血管を塞いでしまうと血流が悪くなり、様々な障害を引き起こす。

心臓の血管(冠動脈)に詰まると心筋梗塞脳。脳の血管に詰まると脳梗塞になる。
ベッドに寝たきりになっているその生活を想像するだに恐ろしくなった。

薬が処方された。
治療薬ではなく、予防の薬であった。
それを1年あまり続けていたが、意を決して手術を受けることにした。

不整脈の原因となっている部分を電流を流して焼き切る治療法だ。
「心臓カテーテルアブレーション手術」という。

以来7年が経過したが、幸いに今のところ不整脈は出ていない。
手術を受けてよかった、と思う。
お世話になった担当医の先生、医療スタッフの方々には感謝しかない。

ちなみに、
この手術の件数は、年間10万件を超えているそうだ。
第68回日本不整脈心電学会|Medical Tribune (medical-tribune.co.jp)
心臓の手術というと、大事(おおごと)に思ってしまうが、
担当医と相談をし、前向きに検討した方がいいというのが、率直な感想だ。

記事の構成

1.まずは入院・手術の話から
2.手術に至る経緯 →Jump there
3.心房細動になっていく初期の症状について →Jump there
4.検査、その他 →Jump there

※ 以下は、個人の治療について当時を振り返ったものであり、類似の症状にそのまま当て嵌まるものではないことをお断りしておきます。

1.入院 1日目

紹介状をもって大きな病院に行ったのが手術の数か月前だ。
検査のために何度か通院した後、
手術日が決まった。

前日に入院。
手続きを済ませると治療計画の説明があった。
その後、検査。心電図とレントゲンを撮る。症状の確認のためと思われる。

夕刻、病室に看護師がやってきた。
バリカンを手渡され、足の付け根付近の剃毛をするよう言われる。
子どものようになったその部分の「確認」があった。

夕食は普通。

2日目 

手術日になった。

午前中のこと、
看護師がやってきて「膀胱カテーテル挿入」が始まる。

術後は絶対安静。
歩いてトイレに行くことはできない。

そこで、膀胱から直接尿を排出するチューブを入れる処置をする。
男性の場合は20cm程度まで挿入するそうだ。

働きすぎ

ぐっと掴まれて管が差し込まれていく。
声が出そうなくらい痛い。
麻酔などしない。

変な例えだが、口から串を刺される魚の気分。
患者の苦痛などおかまいなしといった感じの処置だった。

その装着感がまた実に不快なのだった。

体位によっては排尿感(残尿感)がしてくる。
蓄尿状態を把握する神経が膀胱の上部にあり、カテーテルの先端が当たって刺激するらしい。
我慢するしかない。

昼食は出ない。
点滴をされていたかと思う。

手術の予定時刻(午後の1番)となったようだ。
看護士が数名やってきてあわただしくなった。

ベッドのまま病室を出て移動。
病院の天井が流れていくのが見える。
何度か廊下の角を折れ、ベッドが停まって「手術室」の赤いランプが見えた。

手術

ベッドのまま入ると、手術スタッフがスタンバイしていた。
学校を出たばかりのような若い女医さんを含め、6,7人もいる。

手術台へ移るよう指示がある。
ぐるりと見回すと、囲むように機械があって、数値やら波形やらがちかちかしている。

ちょっと、寒い。

手術衣をめくられる。
電極パッドが、手際よく取り付けられていく。
ひやりとする。

布のようなものを顔にかぶせられる。

何も見えなくなって、状況を説明してくれてもよさそうなものだが、
不安はない? 大丈夫? などの問いかけすらもない。

働きすぎ

そのうち、手術室の隅で話し声がしてきた。
よく聞き取れない。

どうやらこの手術を見学する人たちがいるようだ。
そういえば、ここは大学の付属病院なのだった。

手術室には、医師以外に機器操作をするスタッフもいた。
服装が違う。
医療機器メーカーの技術者達かと思われる。出向して手術の支援をしているらしい。
そういうことから考えると、この手術には12、3人が関わっているみたいだ。

鼻に軟膏を塗られる。すするように指示される。
クリーム状の麻酔とのこと。
鼻から喉へとセンサーを入れます、と初めて説明があった。

働きすぎ

いよいよか、カテーテルの挿入

全身麻酔ではないので、意識がある。

鼠頸部からワイヤーを入れ、血管内を心臓へと少しずつ送っていく手術だ。
頭の中に医師たちの作業の様子が浮かぶ。

その挿入がなかなか終わらない。

鼠頸部を何度も何度も押されている感覚がある。
その度に鈍い痛みがある。
耐えるしかない。

鎖骨部分に注射を打たれた。
ここからもワイヤーが挿入されることになっている。

顔にマスクをつけられる。
麻酔ガスだ。

意識が遠のいていった。
患部を焼灼する段階となったようだ。

遠くで名前を呼ぶ声がした。

目を開けると、4,5人の顔が円くなって私を覗き込んでいた。
意識が戻ったことを確認したようだ。

伊丹十三の映画「お葬式」の、あのシーンが思い出された。
近親者達がみんなで棺桶の中を覗いている様を故人から見て撮っているアングルだ。

名前を呼ばれたが、声を発する元気はない。
すぐに目を閉じてしまった。

働きすぎ

手術台からベッドに移される。
せーの、という声がした。

病室へ移動していく気配がする。

家人によると
手術が終了したのは午後6時頃だったらしい。
4,5時間に及ぶオペだったようだ。

しばらくして看護師がやってきた。
4時間は絶対安静と言い、
両足を伸ばしたままの姿勢を保つために抑制帯で固定する処置をした。

脚部を揉むように自動で伸縮するという。
骨折したときのギブスの形状をしていた。

それにしても、辛い。
寝返りができないというのが、こんなにも苦痛だとは思わなかった。


午前0時を過ぎて寝返りをうってよいと言われた。 
ほっとした。

入院 3日目

早朝、傷口の消毒があった。
鼠頸部と肩甲骨の辺りに穴があけられたのだった。変色していた。

手術の影響か、微熱が出ていたが、
特に処方はなされない。

朝食が出てきたが、食欲がない。
うまく体が起こせず食べるのに苦労した。

しばらくして、担当医師が回診にやってきた。
手術は「成功」、不整脈は出ていないと告げられた。

退院は翌日とのこと。
1週間の入院と言われていたから意外に早くその日がきて、うれしくなった。

働きすぎ

膀胱カテーテルが外された。この処置も痛かった。
しばらく排尿時には痛みが伴った。膀胱カテーテルは、もうご免こうむりたい。

退院、その後 

退院だ。
率直にうれしい。

家人が来てくれて時刻は、10時になっていた。
会計はすでに計算が出てきて、手続きはとんとんと進んだ。

入院及び手術の費用で支払ったのは10万円ちょっと。
病院からは高額医療費制度の説明を受けた。

駅までは、雲の上を歩いているようだった。
ずっと寝ていたからだ。

働きすぎ

*** *** *** *** *** *** 

退院して2週間が経過した。

術後の検診として、
血液検査、レントゲン検査、心電図検査があって、診察となった。

医師は、心電図には不整脈は出ておらず(波形は)「きれいだ」という。
カテーテルを入れたところは血腫が出来ているが、そのうち消えるとのこと。
再発もある、と忠告された。

働きすぎ

そうならないためには、
深酒はしないこと。 睡眠不足も×だ。

運動はOK。
普通の生活でよいと言う。

ひと月後、また心電図検査を受けることになった。

加入している保険の「手術給付金申請」のための診断書作成を依頼した。
5400円であった。

2.手術に至る経緯

話は、手術をする前に戻る。

「要検査」と書かれた人間ドックの結果をもって近くのクリニックへいったのだ。

貼り薬を処方された。
サワドテープ」(商品名)という。

簡単に言えば、心臓の負担を軽くするもので手の平サイズの湿布薬みたいな形状。
これを毎日胸部に貼る生活となった。

1年が経過した。
いつもの健診で、循環器科のかかりつけ医を持つように助言された。

病院を変えると
貼り薬は「ビソノテープ」というものになった。

血圧、心拍数などを抑えることで高血圧、頻脈性不整脈などを改善する薬だ。
つまり、重くなったということだ。

薬が手元になくなれば、処方箋を出してもらわないといけない。
3週間に一度、通院をする生活になった。

貼り薬の治療を始めて3年目。
飲み薬も処方されるようになった。

リクシアナ錠」という。
一言でいえば、血液をサラサラにする薬だ。

不整脈がもとで血流が滞り、血栓ができやすい身体に進行していたのだった。
これを服用すれば、脳卒中や血栓塞栓症が予防できるというわけだ。

この薬が高価だった。
1錠あたりを計算してみたら、3割負担の保険適用でも250円くらいになった。

貼り薬と合わせれば1日の薬代が300円かかるわけで、
年間にすれば、およそ10万円になる。

それに、診察料と処方箋代がプラスされる。通院にも時間をとられる。
医療費控除の対象になるなどといって、喜んでいる場合ではない。

働きすぎ

リクシアナ錠の服用については、注意点がある。

ケガなどで出血した場合、血が止まりにくいのだ。
納豆は食べられないし、避けた方がいい食べ物もある。

この生活が、この先ずっとずっと続いていく。
医療費のことだけでなく、心不全を起こしたり、
血栓症がいつ発症するかもしれないという不安を持ち続ける日々となる。

そう考えだしたら、手術を受けてみようという気持ちが強くなってきた。

担当医に相談すると、
まずは手術に伴うリスク(合併症)があることを承知しておかないといけない。
その上で治癒する成功率は50%だと言う。

決断の時期を逸していたわけだ。
ダメ元で紹介状を書いてもらった。

※リクシアナ錠は現在販売中止。「OD錠」に切替が進んでいるそうだ。

3.心房細動  その初期症状

思い返せば、子どもの頃から不整脈が出ていた。

理科の授業でのことだ。
お隣さんと手首の脈をみることになって、
「脈がないよ。」と言われたことがあった。

胸が差し込むこともあって、親もそうだからこれは遺伝だった。
自分がスポーツをやらないできたのは、これのせいだ。
今、やっとわかった。

50代になっていた。
異変が起きたのは、休日出勤した朝のことだ。

正門から始まる10数段の階段の途中まできて、足が止まった。
休まないと上れなかった。
全力疾走した直後のような息づかいだ。これが「息切れ」というものか。
初めて体験した。

前触れもなく、心臓のどきどきが始まるようになった。
それがしばらく続く。

動悸」というやつだ。
名称は知っていたが、これも初めてだった。

就寝時にこれが起きると収まるまで眠れなかった。

健診の度に「心房細動」と指摘されるようになっていった。

4.検査  その他

手術を受けるまでに様々な検査があった。

1.心臓エコー検査

  人間ドックの検査メニューに必ずある検査。

  超音波により心臓を流れる血流の方向や速度が分かる。
  操作する人は、終始無言だ。
  弁膜症の疑いがありますねぇ、などとは決して言ってくれない。

2.ホルター検査

  電極を胸に付け、約24時間の心電図を記録するもの。

  生まれてからの総心拍数が、ある程度は決まっているらしい。
  心疾患によって一日の心拍数が多くなった分、心停止が早まるということか?
  ちなみに、1日の心拍数はおよそ10万回だそうだ。

3.トレッドミル検査

  ランニングマシンのような機械に乗る。

  スピードを変えたり、勾配をつけたりして負荷をかけ、心臓の様子を診る。
  安静時には分からない狭心症や不整脈などの診断を行うもの。
  これも病院を変える度に行った。

4.電気的除細動(電気ショック)

  アブレーション手術をする3か月前に行った。

  強い電流で一度心臓を止める、という。
  いわば心臓のリセット。
  再起動しない場合は「死亡」だ。
  それを考えて、身辺整理をちょっとしたりした。   

施術台にのり、電気ショックの施術の前に麻酔を打たれた。

1から100まで数えてくださーい、と言われて100までいって、
また1から始めて10にならないうちに意識がなくなった。

名前を呼ばれて目を開けると女医さん達がにこにこと見下ろしていた。
蘇生した。
正常なリズムが続いてくれれば、「経過観察扱い」に移行するのだったが、
2日後には再び不整脈が出てしまった。   
やはり、アブレーション手術をするしかないのだった。

5.アブレーションCT検査:造影検査

  手術に際して、心臓や血管の位置関係、形状の把握が必要で、
  この検査がある。
  その造影剤が適合しないと手術はできないと説明があったが、
  無事に検査ができた。